「スイートポテト,マイマザー」 

                                       ジュニア野菜ソムリエ S

 

 

 

「記憶に残る味」。
二人の子どもを持つ、会社の女性と雑談をしていたら、彼女がおもむろに言ったのである。
「子ども育てる中で、記憶に残る味っていうのを大事にしたいのよね」と。
なかなかいい言葉じゃないの。そこで、ふいに思い出した話をひとつ。
◆◆
僕がまだ、かわいい幼稚園児だったころ。
当時通っていた幼稚園には、芋にまつわるイベントがふたつほどあった。
「お芋堀り」と「お芋パーティー」である。
◆◆
「お芋堀り」は読んで字のごとく。畑でサツマイモを収穫するのである。
近所の畑にバスで乗り付け、どやどやと降りる。
当然、幼稚園児なので、大はしゃぎである。
足に土がついたと言っては騒ぎ、手に土がついたと言っては騒ぐ。
つぎに、葉っぱが大きいと言っては騒ぎ、根っこが長いと言っては騒ぐ。
さらに、芋が掘れないと言っては騒ぎ、掘れたと言っては騒ぐ。
あげく、虫がいたと言っては騒ぎ、虫を潰したと言っては騒ぐ。
当時の担任はすみれ先生という人だったが、彼女などは、子どもが大好きで、その風景を微笑ましく見ているか、子どもが大嫌いで、とはいっても給料をもらっているので職業人らしく、微笑ましく見ている「ふり」をしているかのいずれかであっただろう。
(それにしても、今の自分が、当時の先生の年齢を越えてしまったのだと思うと非常に不思議な気分になる。)
服は泥だらけ、さらに、小さな靴の中にも、泥は詰まっていたのだろうな。
◆◆
ともあれ、無事芋が掘れると、次に続くは「お芋パーティー」である。
このイベントは芋堀りの2、3日後に開催されたような気がする。
当時かわいい園児だった僕は、この日を忘れない。
同じクラスの「けんちゃん」やら「えみこちゃん」やら、お友達が持ってくるものと言えば、「焼き芋」やら「大学芋」などだが、しかし、当時僕の母親がつくってくれたのは「スイートポテト」である。


「スイートポテト」。裏ごしして砂糖・牛乳・バターを加えてその上オーブンで焼くという手間のかかったおやつ。
スイート&ワンダフル。
「わー」「はじめてみた」「食べてみたーい」などのお友達の声を聞きながら、僕は自慢げに食べる。

あの日、僕は人生で一番母に感謝したんではないかと思う。
家に帰って「お母さん、今日のスイートポテト、すごくおいしかったよ!
みんなからすごーい!っ言われちゃった」と興奮しながら話す僕を見て、台所に立つ母もさぞかし喜んだだろう。
口では「あらそう、よかったわねえ」なんて言いながら。
◆◆
で、肝心の味だ。
甘い。甘かったと思う。甘かったんじゃないかな。サツマイモだし、砂糖入っているし。

・・・・・・はっきり言って記憶になんて残っていない。
しかし。なんだそれは。「記憶に残る味」という言葉から連想した話なのに。残っていないのか。
などと怒ってはいけない。
「味」というのは、つまりは「思い出」だ。
これが大事。
「味」というのは、つまりは「思い出」なのだ。
世のお母さんお父さん。どうかお子さんには、そんな思い出をあげてください。
そうすれば、お子さんは、何十年経っても、その話を嬉しそうにしますよ。
にこり。

 

 

 

 

 

 「子育てエピソード」

                   ジュニア野菜ソムリエ 伊東信子

 

 

 

ある所に貧乏な子沢山の家族がおりました。
アウトドアの好きなお父さん、イタズラ好きのお母さん。
甘えっ子の長男、まわりをホットさせるほのぼのとした次男。
本好きの長女、天真爛漫の次女。毎日楽しく暮らしておりました。
 
ある日長男は言いました。
「僕んちも、友達みたいに外食にいきたいな」
「よし、学校からかえったら、がいしょくに連れて行ってやる」
父と母はキャベツをちぎり、人参、かぼちゃ、たまねぎ、ピーマン、、、せっせとカット。
長男はワクワクしながら、帰って来ました。
「山へ行くぞ、車に乗れ」
「え~、腹ペコなのに、なんで今から山へ?」
そう、外食といっても外での食事、デイキャンプだったのです。
腹ペコの子供達はしかたなく車に乗り込みました。
僕の思っていたのはレストランでの食事だったのに、、、。お父さんが楽しそうだし、まあいいか!
自然の中での味は格別でした。
 
またある日、家の近くにポン菓子やさんがやってきました。
「ねえ、ねえ、500円と砂糖とお米で袋いっぱいのお菓子ができるんだって、買って!」次男が言いました。
湿気がきたら美味しくなくなるしー。母は迷いましたが、何かを閃いた母は「うふふ」と笑って材料を渡しました。
その日の夕食。食卓に着くとおかずと茶碗にはそれぞれポン菓子のご飯。
嬉しそうな子供達は「このご飯、かる~い、あま~い」と言いながらお替りし満足そうでした
次男はほのぼのとあったかい気持ちになりました。
 
「ねえ、風船買って」長女が言いました。
「風船か~、よし、ちょっとお待ち」お母さんは大きなゴミ袋をひろげ空気をいれ、おお~きなゴミ袋風船を作りました。
中に折紙をいれたりー。何個も作りました。
私の欲しいのは赤い小さな風船、10円位であるのに、うちは貧乏なのかな?でも、お母さんが楽しそうにしているし
これでもいいか!おおきな風船はおおきな音とともに空に舞い上がります。
 
お料理好きのお母さんは子供達の喜ぶ顔を思いながら、毎日おやつを作りました。
そんなお母さんを見て育った次女はお菓子作りが好きになりました。
小学校から帰るとカップケーキをいくつも作り先生達に持っていくといいました。
お母さんは届けていいものかと、迷いましたが、可愛い笑顔に負け、届けさせました。
先生方もほほえんで「すごい、すごい、自分で作ったの?」と誉めてくれました。
それから、色々楽しいことをたくさん考える子になりました。
 
 
お父さんの趣味とお母さんの好奇心の中で育った子供達はいつまでも、わくわくする気持ちを持った大人になりました。
 
お父さんはアウトドアが満喫できる山に別荘をもちました。我が道をいき、頼ることのない子供達になって
お世話好きの父はちょっと寂しそう。
長男は弟妹をサポートするやさしい大人に。
次男は父から教えてもらった自然の中で生きていくすべを身につけ、
自転車で世界一周の旅に。
長女は本だけでなく色々な世界の人たちを知りたいと研究し、人種をこえて
お友達がいっぱい出来ました。
大人になっても、やっぱり末っ子のアイドル次女も家族の愛情いっぱい受け
社会人になりました。
お母さんは子供が巣立っても、やっぱり子供好き。
ちびっこのいる所を求めて、ボランティアに精をだしました。
 
今日も楽しいこと、面白いこと、美味しいものないかな?と町中を走りまわっているーーー とさ。  

 

 

 

伊東信子

野菜、果物に囲まれて仕事しながら
好奇心まだ衰えず、子供若者の食事環境をどうにかせねば
と考えつつ、障害者の方へのお手伝いと日々活動している
熟年ソムリエ  

次男 ブログ http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/

長女 ブログ http://mkalbumdejournal.blogspot.com/